イタリアの新刊 11月その二

 長い夏のせいなのか、年のせいなのか、調子の悪い11月だった。病院に行っても原因わからず。でも後半、養命酒を飲みはじめて元気を取り戻す。座り方にも不調の原因がありそうと、仕事中の姿勢にも気をつけるようになった。家にいるあいだはできるだけ寝転がって過ごす所存。書くのも読むのも寝ながら行う。

 11月後半に気になったイタリアの新刊など。このところまたエイナウディのウェブサイトが開けないので、エイナウディの本はibsにリンクをはりました。

 

アレッサンドロ・バリッコ著『アベル(Abel)』Feltrinelli, 2023/11/7

バリッコ8年ぶりの小説。26歳のアベル。彼が二人の男を二つの拳銃で同時に仕留めるところから始まる西部劇のような小説らしい。意外。

この作品についての特設ページがあって、バリッコ自身が作品執筆の経緯を語っている。数年前にふと、書くのをやめたらどうなるだろうとか思い、書く仕事をすべて中止した。しかしある日、心の中に何かが欠けているのを感じた。そして、書くことは「魂の運動」「瞑想するための隠れ家」「秘密のカーニバル」であることに気づく。散歩から帰ってパソコンを開き、書きはじめた。焦らずゆっくりと、終わらせることを考えずに書いた。息子や恋人や友人たちにときどき読み聞かせた。するとじょじょに出版するのが当然のことのようになり、そして出版されたとのこと。

うーん、さすが有名人、という感想しか出てこない。まあ、経緯に関わらず、作品はおもしろいかもしれない。

 

フランコ・フォルティーニ著『エイナウディのための意見書(Pareri editoriali per Einaudi)』 Quodlibet, 2023/11/15

1917年生まれ、詩人であり、評論家であり、翻訳家であったフォルティーニは、エイナウディやフェルトリネッリなどイタリアの代表的な出版社のアドバイザーでもあった。本書は、エイナウディの仕事としてフォルティーニが書いた読書カード(原稿を読み、出版すべきかどうかの判断をするときの参考として作成するメモ)を集めたもの。ナタリア・ギンズブルグ、イタロ・カルヴィーノ、そしてジュリオ・エイナウディらへの手紙という形で書かれたものが含まれるそう。

 

ドナテッラ・ディ・ピエトラントニオ著『繊細な年(L’età fragile)』Einaudi, 2023/11/28

邦訳『戻ってきた娘』の著者の新刊。

30年前のある晩、複数の女性たちが行方不明になるという事件が起きた。この事件を免れたルチーアは50代を迎え、今は娘アマンダとの難しい関係に直面している。アマンダは明るい未来を夢見てミラノに旅立ったものの意気消沈して故郷に戻ってきたのだった。本作も難しい境遇の女性たちの生き方に焦点を当てた作品のよう。

 

マウリツィオ・クッキ編『イタリアの新しい詩人たち 7(Nuovi poeti italiani.  Vol. 7)』Einaudi, 2023/11/28

イタリアの若い世代の詩人たちのアンソロジー第7巻。今回は1968から1973年のあいだに生まれた5人の詩人たち。取り上げられた詩人は、Silvia Caratti, Massimo Dagnino, Mario Fresa, Annalisa Manstretta, Wolfango Testoni。一人も知りません!

 

日本の本のイタリア語訳

Haruki Murakami, Kafka sulla spiaggia. Ediz. speciale, Einaudi, 2023/11/28

2013年にイタリア語訳の出た村上春樹海辺のカフカ』の特別版。村上春樹自身による未公開の序文付き、とのこと。イタリア語版のために書かれたのか。翻訳はGiorgio Amitranoさん。

 

Keigo Higashino, Delitto a Tokyo, Piemme, 2023/11

東野圭吾さん『白鳥とコウモリ』のイタリア語訳。翻訳はStefano Lo Cigno さん。

 

そしてめずらしく、イタリア語からの邦訳本がたくさん出てます。

マリオ・プラーツ著『ギリシアへの旅』 ありな書房、2023年10月23日

1931年3月から4月にかけて、ギリシアを旅したプラーツのエッセイ集。翻訳は伊藤博明さん、金山弘昌さん、新保淳乃さん。

 

ダリオ・アルジェント著『恐怖』フィルムアート社、2023年10月26日

イタリアホラー映画の巨匠ダリオ・アルジェントの自伝。翻訳は野村雅夫さん、柴田幹太さん。まだ立ち読みでぱらぱら見ただけなのだが、内容よりも文章そのものにたまげた。日本人が日本語で書いたような文章で、翻訳とは思われなかった。だいぶ翻訳が練られているように思う。これは、翻訳の勉強としても読みたい本。しかし残念ながら私は彼の作品をまだ一つも観たことがない。映画を観てから読むか。

 

ジュリア・カミニート著『甘くない湖水』早川書房、2023年11月7日

2021年カンピエッロ賞受賞作品。翻訳は越前貴美子さん。原書L'acqua del lago non è mai dolceが刊行されたとき、acqua dolceには「淡水」「甘い水」という二つの意味があるから、タイトルはどう訳すのがいいかなぁとぼんやり考えていた。邦題はシンプルでいいなと思いました。


ヴェーラ・ポリトコフスカヤ 、サーラ・ジュディチェ著『母、アンナ ロシアの真実を暴いたジャーナリストの情熱と人生』NHK出版、2023年11月17日

この作品、11/5 青山ブックセンターのイタリア・コミックについてのイベントで存在を知り、刊行を待っていた。購入して読みました。

2006年に暗殺されたロシア人ジャーナリストのアンナ・ポリトコフスカヤについて娘のヴェーラさんが書いたエッセイ。私の勘違いで、ロシア語の原文からイタリア語訳され、それから重訳して日本語版が出たのだと思っていたが、訳者のあとがきを読み、事情は違うことが判明。ヴェーラさんと、イタリアのジャーナリストのジュディチェさんの共著で最初からイタリア語で刊行されたそう。日本語版の翻訳は関口英子さんと森敦子さんによる。読んでいろんなことを思った。

・自分がアンナと同じ時代にロシアに住んでいたとしたら、私はアンナ・ポリトコフスカヤという記者の書いた文章を信じられただろうか、ロシア政府を疑うということができただろうか。アンナは「モスクワの錯乱者」と呼ばれていたそうだが、私も彼女をそのように呼んだりしなかっただろうか。声に出すことはしなかったかもしれないが、心の中でそう呼んだかもしれない。遠くから、あとから、アンナ・ポリコトフスカヤを称賛することは簡単だ。彼女のように生きるのが難しいとしても、彼女を同時代・同地において支持することができるようになるにはどうしたらよいかは切実に考えなくてはならない。

・このところ、私はイタリアの本やマンガを通じてロシアのジャーナリストの存在について知ることが多い(【イタリアの本】イタリア語で読むロシア)。それは西洋的価値観を通じてロシアを見ているということであり、それこそがロシアを戦争に駆り立てたものであるとしたら、他の見方も知るべきなのだろうか。しかしそれはアンナ・ポリトコフスカヤを支持するということとどのように共存するか。

・歴史を無視した雑な話だが、本書の中で描かれるロシアとチェチェンの関係は、イスラエルパレスチナの関係に類似しているように思われる。そのロシアがイスラエルの攻撃を批判しているということの皮肉。全員が戦争に反対しているのに、戦争が起きているということの奇妙さ。

・著者の名前Veraはイタリア語で「真実」を表し、共著者の苗字Giudiceは「審判」を表す。真実と審判が書いた本。