イタリアの新刊 11月その一

 11月の前半に気になったイタリアの新刊本たち(11月より前に刊行されたものも含む)。

 こうやって海外の出版情報を調べていると、あれも邦訳されればいいなぁ、これも日本語で読めるようになればいいのになぁと思うわけで、そういうふうに思う人がほかにもいるんじゃないかなぁと期待するからこうやってまとめてるわけで、ノーベル文学賞の受賞作家の小説がこれまで邦訳されていなかったというときに、ノルウェー語の翻訳者がこの作家の翻訳企画を提案したのに出版社の判断で通らなかったということがかつてあったのかなぁ、いやそもそもノルウェー語を翻訳できる人が日本には少なすぎるんだろうなぁ、大学でも専攻できるところがないし、そういうことでいいのだろうか……もっとがんばろうよ! と思う方が、出版社にとっても翻訳者にとっても読者にとっても利するところが多いんじゃないか……と思う今日このごろ。

 

カルロ・フルゴーニ著『聖フランチェスコのプレセピオ(Il presepe di san Francesco)』il mulino, 2023/9/29

副題は「グレッチョのクリスマスの歴史」。

イタリアでは、クリスマスに、キリスト降誕の場面を人形で再現した模型を飾る風習がある。この模型をプレセピオとかプレセーペと呼ぶ、というのは知っていたが、聖フランチェスコラツィオ州の村グレッチェで最初に試みたというのは本書の紹介文を読んで初めて知った。聖フランチェスコの指示によれば、聖母もキリストも置かず、かいばおけと動物だけで再現をすることとなっていたらしい。聖フランチェスコの意図はどこにあったのか。著者は文献を精緻に読んでいくことで聖フランチェスコという人物に迫る。昨年亡くなった歴史家フルゴーニの新刊。遺作なのかな。

 

シルヴィア・モンテムッロ著『女の子(La piccinina)』e/o, 2023/10/4

タイトルのpiccininaというのは、若い女の子を意味する19世紀末に流行ったミラノの方言だそう。貧しい労働者の家庭に生まれた主人公のノラは1890年、5歳のときに画家のエミリオ・ロンゴーニの絵のモデルとなる。La piccininaと題されたその絵は、ロンゴーニの代表作となる。ノラの父は、物価高に対する抗議デモ参加中に殺される。成長したノラは、やがてイタリアで初めての女の子たちのストを率いることに。仕立て屋や繊維工場で働く若い女性たちを率いて抵抗運動を起こしたノラの日常が描かれた小説。

 

パトリック・ザキ著『自由という夢と幻想(Sogni e illusioni di libertà)』la nave di Teseo, 2023/10/13

2020年2月7日、留学先のボローニャから、カイロの実家に戻ったパトリック・ザキさん。数日の滞在の予定だったが、突然逮捕され、20ヶ月にわたって刑務所に勾留された。ザキさんは研究のかたわら、人権活動家としても行動していたそうで、ギリシャ政府は、フェイクニュースを流したという廉で逮捕をしたらしい。尋問、隔離、拷問……。ボローニャ市、ボローニャ大学、イタリア全土でデモが行われ、ザキさんはついに解放され、ボローニャに帰還。本書では、この間の経緯が記されているそう。日本でこの事件はとんど報道されていないのでは。


マウリツィオ・サラベッレ著『僕が生まれたときから(Da quando sono nato)』Quodlibet, 2023/10/18

知らない作家だし、2003年にすでに亡くなってしまっているのだけど、なんだか気になる。生前もよく売れた作家というわけではないようで、作家の公式ブログのバイオグラフィを見ると、若い時から執筆に意欲を持ち、書いた作品をさまざまな出版社に送るも、なかなか色良い返事はなかなかもらえなかったそう。アデルフィに送ったものの、2年待って、編集長のロベルト・カラッソから、うちの出版社には合わないとの答えをもらったなんてことも。本作は、生前未刊行だった三部作の第三部目。Patrizio Rhuggiという人物の誕生から、50%の可能性で訪れる死(?)までを描いた小説。よき意図のもとに動きはじめていつも失敗するピノッキオに着想を得た作品だそう。

 

ベルナルド・ザンノーニ著『ぼくのおろかな企て(I miei stupidi intenti)』Sellerio, 2023/11/7

2022年カンピエッロ賞を受賞したI miei stupidi intentiにイラストがついた。イラストレーターのロレンツォ・マットッティさんは、2022年に「シチリアを征服したクマ王国の物語」のタイトルで日本公開されたブッツァーティ原作の映画の監督。

 

ジョルジョ・アガンベン著『からっぽの頭(La mente sgombra)』Einaudi, 2023/11/7

え、またアガンベンの新刊、と驚いたが、今回はすでに刊行された作品を一つにまとめたもの。『涜神』『裸性』それから未邦訳のil fuoco e il racconto。言葉と思考は、それらを受け止めるための、空っぽの場所を必要とする。壁も障害もない場所。でもそれこそが珍しくてなかなか得ることのできないものである。というのも、人間の頭はいつも何かでふさがれていて、壁に囲まれているから。収録された三作品に共通するのは、頭をからっぽにして、場所を作るための訓練をしてくれるということ。

 

アンナ・バルディーニ、ジュリア・マルッチ編『見えない女(La donna invisibile)』Quodlibet, 2023/11/8

副題は「20世紀初めのイタリアにおける女性翻訳家たち」。

英語、ドイツ語、ロシア語、フランス語などからイタリア語への翻訳を行った20世紀初めの女性翻訳家たちを取り上げた本。目次に出ている翻訳家たちの名前はこちら。

Ebba Atterbom (1868-1961)
Ada Salvatore (1878-1961)
Olga Malavasi Arpshofen (1879-?)
Lavinia Mazzucchetti (1889-1965)
Rosina Pisaneschi (1890-1960)
Alessandra Scalero (1893-1944)
Maria Martone (1900-1990)
Ada Prospero (1902-1968)
Natalia Ginzburg (1916-1991)
Gabriella Bemporad (1904-1999)
Giovanna Bemporad (1923-2013)

知らない人ばかり。唯一知ってるのは、ナタリア・ギンズブルグ。日本では小説家として知られているけれど、プルーストフローベールの作品の翻訳をした。この本は気になる。

ジョルジャ・サッルスティ編『ジェンダーと日本(Genere e Giappone)』asterisco, 2023/11

副題は「アニメとマンガにおけるフェミニズムクィアネス」。先月の新刊紹介で、il saggiatoreから出た日本マンガにおける女性論を扱ったIl cammino dei ciliegiを取り上げたけど、本書もまた同様のテーマを扱っているよう。こちらはイタリアのフェミニズムへの影響などに主眼がありそう。

 

アントニオ・スクラーティ著『ファシズムとポピュラリズム(Fascismo e populismo)』Bompiani, 2023/11/15

副題「今日のムッソリーニ」。

2019年にムッソリーニを主人公にした小説M. Il figlio del secolo(日本では栗原俊秀さん訳『小説ムッソリーニ 世紀の落とし子』のタイトルで河出書房から刊行)でストレーガ賞を受賞した著者による評論。現代におけるファシズムの再来という現象がテーマ。ファシズムは、暴力行為や人種差別的な発言という形ではなく、欧米で見られるポピュリスト政党の台頭に現れる。

アントニオ・モッレアーレ著『否定された歴史(Una storia negata)』Sellerio, 2023/11/21

副題「シチリアにおける資本主義の誕生」。

「永遠の封建主義」という偏見を持たれるシチリアに、産業革命のはるか昔、15世紀中頃から16世紀にかけて、資本主義とはっきり呼ぶことのできる経済システムが同等の経済体制が見られていたということを明らかにする。著者の何十年にわたる研究の集大成。在野の研究者か。


ナタリア・ギンズブルグ著, モンフェッリーナ・ミケーラ編『さいごにはうれしいこと(Una cosa finalmente lieta)』Edizioni di Storia e Letteratura, 2023/11/17

作家のナタリア・ギンズブルグは、政治活動にも積極的にかかわり、80年代には国会議員をつとめた。本書は、彼女の政治や社会に関する文章を集めたアンソロジー


日本語の本のイタリア語訳はまたまたたくさん。

Miyuki Ono, Donne da un altro pianeta, Atmospherelibri, 2023/10/13

2020年に刊行された”女性がセックス後に男性を食べないと妊娠できない世界になったら?”を描いた恋愛SF小説『ピュア』の翻訳。翻訳はAnna Specchioさん。

https://www.atmospherelibri.it/prodotto/donne-da-un-altro-pianeta/

 

Shuichi Yoshida, Rabbia, Atmospherelibri, 2023/10/27

映画かもされた『怒り』の翻訳。翻訳はStefano Lo Cignoさん。

https://www.atmospherelibri.it/prodotto/rabbia/

 

Yumiko Kurahashi, La fine dell’estate e altri racconti, Atmospherelibri, 2023/11/17

原作がはっきりしなかったが、おそらく『悪い夏』。短編集。翻訳はPaolo La Marcaさん。

https://www.atmospherelibri.it/prodotto/la-fine-dellestate-e-altri-racconti/

 

 

最後に日本の新刊からイタリア関係のもの。

上村忠男著『歴史をどう書くか カルロ・ギンズブルグの実験』みすず書房、2023年11月10日