Radio 3, L'isola deserta にエイナウディの編集者パオロ・レペッティさん出演

 2月24日のRadio3のL'isola deserta(無人島)の放送回がまたとてもおもしろかった。2月4日の放送に続き、ふたたび出版社の人がゲストだった。今回登場したのは、イタリアでもっとも有名な出版社エイナウディの、編集者パオロ・レペッティさん。レペッティさんは、エイナウディでStile Liberoという叢書を立ち上げ、現在もその統括をしている。

 話題が多岐にわたり、固有名詞がたくさん。おもしろい話が盛りだくさんだったので、できるだけここに書き留めておきたい。以下レペッティさんのお話から。

・自分には、編集者をやるか精神科の患者をやるくらいしか選択肢がなかった(じっさい、今も精神科の患者はつづけている)。

・大学に居残りつづけたあと、28歳のとき、作家のVincenzo Ceramiを通じてBeniamino VignolaやMalcom Skeyらに紹介され、創設されたばかりの出版社Theoriaに就職した。

・Theoriaは小さな出版社だったが、古典、科学史の刊行と、新人小説家の発掘に力を入れた。Marco Lodori、Sandro Veronesi、Sandro Petrignani、Sandro Onofriら、のちにほかの大きな出版社で小説の刊行を続け、やがて文学賞を受賞するような作家たちのデビュー作を世に送り出した。

・当時、若手作家というカテゴリーはマスコミの注目を集めており、新聞や雑誌社が25歳から35歳のあいだの新人作家を求め、誰かいい若手はいないかと問い合わせてくることが度々あった。

・最近では若手作家についての意識が変わり、純粋に作品の質が問われるようになった。

・その後自分はエイナウディに移り、Stile Liberoというシリーズを立ち上げたが、そこでも新人作家の小説や古典をテーマにした評論を刊行している。

・2023年にStile Liberoから出たBeatrice Salvioniのデビュー作Malnata(邦訳『悪い子』関口英子訳、新潮社、2024年2月)は、イタリアで刊行される前に、フランクフルトのブックフェアにおいて、企画書ベースで世界の28の出版社から版権が買われたという稀有な例である。

・2024年1月刊行のEmanuele Aldrovandiのデビュー作Il nostro grande niente(僕たちの偉大なる無)は、死んだ男が、自分と結婚するはずだった女性の人生を語るという物語で、人間の代替可能性を男性の視点から語っている。

・2024年2月には、Eva Cantarellaの"Contro Antigone(反アンティゴネー)"を刊行した。アンティゴネーは、ポリスの法律を犯して自分の兄を埋葬し、そのかどにより捕えられ、ついには自害したという悲劇のヒロインと目されてきたが、これまで自分はアンティゴネーには反感を抱いてきた。そして最近、首相のジョルジョ・メローニがインタビューで、自分自身のことを強権に対するアンティゴネーであると述べているのを読んだことから、アンティゴネー反対の本を出すべきタイミングと思った。著者のCantarellaとは、アンティゴネーの致命的なまでの融通のきかなさに対する反感を共有していたので、よい本になってよかった。

・編集者と精神科医の共通点は、繊細な人物(患者、作家)を最大限理解してよりそおうとするところにある。自分が編集者として仕事にあたるときは、精神科医の側になる。

・Stile Liberoをともに立ち上げたSeverino Cesariは、ときに気難しいこともあったが、自分にとっては岩のように頼り甲斐のある人だった。彼が亡くなったとき、ありがたいことにまわりに優秀な編集者たちがいたので、彼らにできるだけまかせて自分は裏から支えることにした。

・現在のイタリアの出版界がどうかと考えたとき、市場は大きく変化したが、技術の発展は、映画や音楽を変えたほどには本を変えていないと思う。電子書籍もあるが、それは紙の本の機能をデジタルで提供しているだけ。ホメロスの時代から、物語の深い部分は変わっていない。

無人島に持っていきたい本は、カフカの『変身』とメルヴィルの『書記バートルビー』。この二つの作品には響き合うところがある。『変身』でザムザは虫になることで、家父長制的なものから逃れる。一方バートルビーは、I would prefer not to(自分が好きなGianni Celatiの翻訳ではaverei prefenza di no)と言いながら、資本主義、生産から逃れる。放棄、断念が響き合う。

無人島に持っていく映画は、これまでの人生で観てきた映画のトップに入るわけではないが、最近もっとも衝撃を受けた『哀れなるものたち』をあげたい。

・音楽については、センスがないので、勉強をしないとわからない。あるとき、ジャズの歴史を勉強したので、ジャズを持っていきたい。ルイ・アームストロング

 

 以上がレペッティさんの話のおおむねのところ。

 キアラ・ヴァレリオからは、Beatrice SalvioniのMalnataに関して、「くだらない議論だけど」との前置きとともに最近ニュースになったあるできごとが紹介された。ローマのある高校が、この小説を生徒たちと読み、作家を招くというイベントを企画したところ、暴力的なシーンがあるという理由で反対する親が出てきたということだった。このできごとを踏まえて検閲についてどう思うかとレペッティさんに問い、レペッティさんは、自分は言語に対するいかなる押し付けに対しても反対であり、検閲は文学を殺すと述べた。けっきょくこの高校では、ほんの数人の親が反対しただけで、それもすぐに取り下げられたそう。

 

 ながく出版にたずさわってきた人の話は、どうしてこんなに楽しいのだろう。人と人のむすびつきが見えるような気がするからか。このあと3月9日放送の回にも、もっぱら北欧の小説を扱う出版社Iperboreaの創設者が登場していて、こちらもじっくり聴いてみようと思う。