イタリアの新刊 2024年4月その一

おばを訪ねて吉祥寺へ。案内されて久しぶりの井の頭公園へゆくと、平日の昼間だというのにたいへん賑わっている。さまざまな国籍の人たちがいるもよう。池の周りを歩きながら、おばから、懸垂をできるようになりたいから特訓を始めた、という話をされる。これまでの懸垂をやろうと思ったことが一度もないと答えると、「そもそもぶらさがることが難しい」と教えてくれる。池の周りの道からはずれたところに鉄棒があり、そこで特訓の成果を見せると言うのでついていく。逆上がりなどを行うためのふつうの高さの鉄棒だが、足を折り曲げてぶらさがってみせてくれる。六十代のおば。あなたもやって見てと言われ、やってみたらちゃんとぶらさがることができて、「すごい、さすが若い」とほめられる。四十代のわたし。

そんな四月の上旬に気になったイタリアの新刊。

 

Giulia Sara Miori, La ragazza unicorno(一角の娘),Marsilio, 3 aprile 2024

ドキッとする表紙なので、下のリンクをクリックして出版社のページを見てください。

この著者、2021年にRacconti Edizioniという出版社から短編集Neroconfettoを出してデビューしており、そのときも表紙がなんとなくよくて買って読んだのだった。ちょっと奇妙でちょっと意地悪、ちょっと残酷でちょっと滑稽な物語が淡々と書かれていた。岸本佐知子さんが好きそうな感じ。
今回の作品は初の長篇だそう。
誕生日の2022年1月27日18時41分、事務所を出たカッターネオ氏は二人の男に誘拐される。目を開けると、そこは真っ白な場所で、白い服を渡される。二人の男はいかにも誘拐犯というかっこうで、帽子にサングラス、口には煙草。二人はカッターネオ氏に質問をする。仕事、好み、5年前に別れた妻、感情生活、性生活について。カッターネオ氏はなぜか恐怖を覚えることなく質問に答え……。

現実がフィクションに溶け込む、カフカブルガーコフのあいだのような作品とのこと。「誘拐されても自分の内面を見つめることができない人たちに」という謎めいた紹介文。


La biblioteca di Raskolnikov. Libri e idee per un'identità democratica(ラスコーリニコフの図書館:民主主義的アイデンティティのための本と思想), Einaudi, 9 aprile 2024

民主主義は常に危機にあるが、現在進行している権威主義化を止めるためには堅固な民主主義的意識が必要。作家のNicola Lagioia、文献学者のLuciano Canfora、元判事のGustavo Zagrebelskyら8人の知識人たちに、現在のこの混沌とした状況に立ち向かうために必要な本について語ってもらう。

とても西洋的な本のように思った。


 

Gian Arturo Ferrari, La storia se ne frega dell'onore(歴史にとって誇りはどうでもいい), Marsilio, 9 aprile 2024

ファシズム政権下の出版社を舞台にしたミステリー。

大手出版社の編集長であるアンチファシストのルイジ・バッセッティ。彼はつねに鞄の中にある原稿を入れて持ち歩いている。誰にも見せず、誰にもその存在を明かさないが、例外が1人いる。彼の右腕であり、また恋人でもあるドナテッラ・モンディアーノ。彼女にだけはそれとなくその存在を伝える。しかし実はドナテッラは秘密警察の高官に脅されスパイをさせられているのだ。警察は原稿がファシズム政権、そしてムッソリーニを脅かすものであることを恐れる。バッセッティが一見事故と思われることが原因で亡くなったあと、ドナテッラの中に激しい怒りが湧き、彼女は真実を知ろうとする。

本を刊行する者たちと、本を焼く者たちのあいだの曖昧模糊とした関係が描かれる作品だそう。著者は大学で歴史の教鞭をとりながら、長く出版社(特にモンダドーリ)で働いてきた。

 

Crocifisso Dentello. Scuola di solitudine(孤独の学校), La nave di Teseo, 9 aprile 2024

著者自身が中学時代にうけたいじめの記憶をめぐる作品(エッセイか)。

自著の紹介イベントが終わると、男が近づいてくる。高校時代の同級生、ワルターだった。久しぶりの再会を機に、かつての記憶が蘇る。虐待的な父、過保護すぎる母、学校では家の貧困や文学への情熱が理解されずにいじめの標的となる。ワルターとの友情が孤独から助けてくれたが、しかし最後に衝撃的な真実が明かされる。


 

Milena Agus, Notte di vento che passa(過ぎ去る風の夜), Mondadori, 12 marzo 2024

今回一番気になったのはこの作品。これまでnottetempoからしか作品を出したことのなかったMilena Agusが、初めてべつの出版社から本を刊行。しかもMondadoriなんて大手からなのが意外。

コジマという女性の18歳のときのお話。

小さなころから本が好きで、本の中に生きてきたコジマ。夢見がちな父と、働いて家族を養う母。家族で村からカリャリに移住し、そこで通いはじめた高校で、先生から、カルヴィーノシェイクスピアやデレッダを友だちのように思うこと、そして書くことを勧められる。あるとき、かつての村に戻るとそこで、羊飼いの青年に出会う。「嵐が丘」のヒースクリフのように美しい青年で、コジマは激しい恋に落ちる。コジマは「木のぼり男爵夫人」のようにして生涯を木の上で過ごしたいが、現実が許してくれない。そして地面に足をつけ……。

 

<日本語からイタリア語への翻訳>

Asako Yuzuki, Butter, HarperCollins Italia, 16 aprile 2024

柚木麻子『BUTTER』のイタリア語訳。表紙が原書よりも日本っぽい。翻訳はBruno Forzan さん。

 

Mahokaru Numata, Segreti di famiglia, Atmosphere Libri, 20 aprile 2024

沼田まほかるさんの作品の翻訳のようだが、情報が少なくて、原書がどれがかわらない。映画化された『彼女がその名を知らない鳥たち』か。翻訳はFabio Ciatiさん。日本語の翻訳をふだんはされていない方のよう?