イタリアの新刊 10月その一

 10月に気になったイタリアの新刊その一(刊行が10月でないものも含む)。

 イタリアの出版社の夏休みが完全に終わったようで、気になる本がたくさんだった。そのため、今頃になってやっと「その一」。

 

以下それぞれ気になった点など。

 

アントニオ・タリア著『スパイの季節(La stagione delle spie)』Minimum Fax, 2023/8/29

副題「イタリアにおけるロシア人諜報員についての調査」。2021年3月30日、ローマ郊外の駐車場で、イタリア海軍大尉Walter Biotと、元ロシア大使館職員の諜報員Dmitrij Ostrouchovcheが逮捕された。この事件の背後には、近年ロシアが行っていた大規模な諜報活動がある。本書は、この諜報活動の全貌を、一次資料、秘密文書、関係者へのインタビューによって明らかにするのだそう。イタリアとロシアには、私が思っていたよりも、だいぶ強い結びつきがあるような感触をこのところ受ける。

マリオ・プラーツ著『本を集める(Collezionare libri)』Aragno, 2023/9/1

マリオ・プラーツが生前雑誌などに寄稿した文章が収集・編纂され、2022年からAragnoで刊行されている。本書はその第三作。本の収集に関する文章を集めたものだそう。 例えば「本を収集するという病気」という文章では、収集癖のさまざまな側面や、本を集めるのに役立つ古書店のカタログについて書かれているそう。これは邦訳されてもいいのでは。

キアラ・モンターニ著『ティツィアーノの謎(Enigma Tiziano)』Garzanti, 2023/9/12

1942年ガルダ。数年ぶりに故郷に戻ってきた絵画修復師のアイーダは、黒く塗られた怪しげな絵を見つける。表面をはがすと、下から出てきたのはティツィアーノの作品だった。本物であることを確かめるために、怪しげな魅力を持つ美術史の専門家に伴われてヴェネツィアへ向かう。ナチスアイーダの動きに気づき、絵画とその命を狙う……。

ジャンカルロ・ポルク著『( Un ribelle nell'ombra. Vita e opera di Pasquale Dessanai)』Il Maestrale, 2023/9/12

副題「パスクワーレ・デッサナイの人生と作品」。1868年サルデーニャ生まれの詩人の伝記。グラツィア・デレッダがこの詩人の作品を「サルデーニャの芸術の女神の傑作」と評したそう。そして社会主義者アナーキストであり、死ぬまで警察の監視下にあったそう。本書には作品のイタリア語訳も収録。

サルデーニャって、人口の割に興味深い人が異様に多いような気がする。

フランチェスコ・サヴィオ著『違ってる人は幸せ(Felice chi è diverso)』, 2023/9/15

毎朝4時55分に起床する書店員の物語。経済的に安定しつつ、詩的に生き抜く方法はないものかと思案する男。社会的不正や不平等を受け入れずに生きていきたい。彼の望みは、あらゆるものが己を盲目にしようとしてきても、「ビジョン」を裏切らないこと。生きるのは難しくないが、本当に生きるのは難しいということを思い出させてくれる本だそう。

パオロ・ディ・パオロ著『人のいない小説(Romanzo senza umani)』Feltrinelli, 2023/9/19

歴史学者のマウロ・バルビは「心の事件」から逃避し、長年会っていなかった人たちのもとに戻った。みなの記憶を自分の記憶とすり合わせようとし、友人たちの記憶を修正し、正そうとする……。あらすじだけではよくわからない本。気になる。

ベアトリーチェ・ロレンツィ著『桜の歩み(Il cammino dei ciliegi)』Il Saggiatore, 2023/9/26

日本マンガにおける女性論。日本のマンガが描いてきた女性たちは、見かけが美しいだけではない。手塚治、24年組のマンガ家、CLAMP藤本タツキらの作品の女性キャラクターを取り上げ、女らしさのステレオタイプを打ち砕いたヒロインたちの姿を紹介する。

ステファノ・ヴァレンティ著『第六の絶滅の記録(Cronache della sesta estinzione)』Il Saggiatore, 2023/9/26

世界に蔓延する治療法のない病気、憂鬱を扱った小説。主人公は鬱を患い、ホームレスとなった男。この男が、ロビンソン・クルーソーを参考に、この世界からの再生をはかろうとする。現実の新しい見方を構築し、日々を着実に送り、どこか自分を迎えてくれるところへと旅立つことを決断する。鬱とロビンソン・クルーソーのギャップはあまりに大きいと思うが、その移行がどのように描かれているか。

アレッシア・ピペルノ著『アザーディ!(Azadi!)』Mondadori, 2023/9/26

azadiはペルシア語で「自由」の意味だそう。著者がイランを旅行しているさいちゅうに、マフサ・アミニさんが死亡するという事件が発生。その後抗議活動がイラン全土で繰り広げられ、巻き込まれた著者も刑務所に収監された。同室の七人の女性たちと、自由を求めて叫びながら過ごした45日の収監の日々が描かれる。

アルド・カッズッロ著『我々が世界の主人だったとき(Quando eravamo i padroni del mondo)』HarperCollins Italia, 2023/9/26

副題「ローマ:終わらない帝国」。すごいタイトルの本だと気になっては思っていたが、La letturaの書籍売り上げランキングでこのところ上位を占めている。歴史上名を残す帝国は全て古代ローマの遺産であり、その証拠にアメリカのバーチャル世界の帝国を作ったザッカーバーグアウグストゥスのファン。え、そこまで言う? とちょっとひいてしまうけど、おもしろそうではある。


ダーチャ・マライーニ著『私の人生(Vita mia)』Sellerio, 2023/10/3

副題「1943年日本。強制収容所にいたイタリア人の子の回想録」。父の仕事のため幼少期を日本で過ごしたダーチャ・マライーニ。彼女が一時日本の強制収容所にとらわれていたことは知られているが、回想録としてこの時期のことが一冊の本にまとめられたのはこれが初めてか? 邦訳の刊行が待たれます。

アリーチェ・ウルチュオロ著『私たちに関係のある真実(La verità che ci riguarda)』66thand2nd, 2023/10/3

なんと宗教二世の物語。ミレーナが15歳のときに、母が、イタリア南部で生まれたカルト宗教Chiesa della Veritàの信者となってしまう。教祖はもと銀行員のティツィアーノ。ミレーナは、熱心にお布施をする母を止めることができず、また父も、いつか妻が目覚めてくれることを信じて言うがままとなっている。20歳になったミレーナは家族から逃れるためにローマに行く。そこで年上のエマヌエーレと出会う。最初は完璧な愛情関係を築いたかのように思っていたが、いつしかそれが母と教祖ティツィアーノの関係と変わらないものであることに気づく。

ここからは、日本の作品のイタリア語訳。

Mitsuyo Kakuta, Cronache dalla terza pagina, Atmospherelibri, 2023/9/29

角田光代さん『三面記事小説』のイタリア語訳。翻訳はRoberta Lo Cascioさん。

https://www.atmospherelibri.it/prodotto/cronache-dalla-terza-pagina/

Yuzaburo Otokawa La fiera delle parole, Atmospherelibri, 2023/9/15

乙川優三郎さんの『ロゴスの市』のイタリア語訳。翻訳はEleonora Blundoさん。この作品知らなけど、おもしろそう。翻訳家の男性と同時通訳の女性の30年にわたる関係を描いた小説らしい。

Kohei Saito, L’ecosocialismo di Karl Marx, Castelvecchi, 2023/10/20

ついに斎藤幸平さんの作品のイタリア語訳が。日本で『大洪水の前に』のタイトルで刊行されている本の英語原著から翻訳だと思われる。翻訳はMariangela Pietrucciさん。斎藤さんの思想とイタリアには親和性があるとかねてから思ってた。イタリアでも刊行が待たれていたようで、出版社のサイトに特設ページができている。