イタリアの新刊 2023年9月その二

9月下旬に気になったイタリアの新刊本たち(刊行が9月ではないものも含む)。

 

以下それぞれ気になった点など。

ベルナルド・ザンノーニ著『25(25)』Sellerio, 2023/8/29

2022年のカンピエッロ賞受賞者の第二作。前作は動物のテンが自分の一生を語るという物語だったけれど、今回は人間の男、25歳ジェローラモが主人公だそう。ジェローラモは海沿いの街に一人で暮らす。友達はいるが仕事はない。夜出かけて昼眠る。何かを待っているが何を待っているかはわからない。しかしそんな日々でも、ある友達は病気になり、別の友達は恋をし、自分は数日オウムを預かることになり、一つ上の階に住む女の子は出産する、といろんなことが起きる。ジェロラモは、物事の変わる瞬間が訪れるのを待つ……。

ここの出版社の本は、表紙がいつもいい。

 

フランチェスコ・パチフィコ著『トップ(il capo)』Mondadori, 2023/9/5 

今回紹介する本の中で一番気になったのはこれ。夜の散歩をしながらガイアがフランチェスコに語ってくれたことによれば……。ガイアは、ある財団でこの数年働いていた。あるとき、財団のトップから「チームビルディング」に誘われ、一月のある朝、南チロルに向かう。現地で同僚が待っているかと思っていたが、誰もいない。トップもいない。自分にあてがわれていたはずの山小屋には、知らない男がいるもよう。何かの勘違いか、冗談か、それともトップの芸術的な発想によるばかげた演出か。宿泊施設全体を見てみようと決心するが、日が経つにつれ、この場が巧妙に仕組まれた非現実的な世界であることがわかっていく……。

著者が長年にわたって構想した小説で、自身の階級や性の特権性を脱構築しようと試みた、とのこと。権力、欲望、そして語りというものに避けがたく付随するいかさまについての考察。

これは買って読もうと思う。

 

ルーカ・ジェルヴァージ著『きみといっしょに七つの生を(7 vite insieme a te)』Sperling&Kupfer, 2023/9/19

派手さが好みではないけど、愛を感じたので。著者はインフルエンサーというものらしい。具体的に何をしているのかよくわからなかったが、インスタに、先日のヴェネツィア国際映画祭のレッドカーペッドでポーズを撮ってる動画があがっていた。そんな派手な彼ですが、愛猫家ということで有名だそう。ある日、友人がノミだらけの迷い猫を彼の家に連れてきて、迷惑に思いながら数日だけと預かり、その日から人生がすっかり変わってしまった。その雌猫の愛らしさに完敗。べたぼれし、Belenと名付け、二人の愛情生活をthegervagnezのアカウントでインスタにアップするまでに。相手が猫でなけりゃとても見てられない動画の数々。本書では、Belenが語り手となり、二人の出会い、生活、彼に幸せをどのように与えているかを教えてくれるそう。

イタリアで愛猫家といえばエルサ・モランテを思い出すけど、彼女の場合はたくさんの猫を飼っていたし、彼女が生きていた時代にインスタがあったとしても、こんなふうに猫と一対一でべたべたする姿を表に見せたりはしなかっただろう(わたしも猫とべたべたするけど、それを人に見せたりはしない。きっとこのルーカさんは猫と同じくらい自分のことが好きなのだ)。ちょっとあてられたような気分になりながら職場近くの本屋さんに行ったら、ヤマザキマリさんの『猫がいれば、そこが我が家』という本が平積みになっていて、ぱらぱらめくると、彼女の猫の名前もベレンだった。雌猫の名前としてイタリアでは定番なのか。

 

フランチェスコ・フィオレンティーノ著『三十年の5日間(Cinque giorni fra trent'anni)』Marsilio, 2023/9/19

岡田利規さんの『三月の5日間』とタイトルが似てる、というのが気になったきっかけ。一九六八年を同じ大学で過ごした六人の女性の三十年後から物語が始まる。彼女たちの結婚の失敗、仕事上のもめごと、家族のいさかいなどが、バルザックの「人間喜劇」から芥川の「羅生門」へと移り変わるような構造の中で書かれる、と出版社による紹介文にはあるのだが、ほんとうに「羅生門」かな。「薮の中」の間違いではないかしら。つまり、登場人物たちそれぞれの視点からの語りによって作品が構成されているのではないかと推測。読んでないからわからないけど。著者はフランス文学の教授だそう。

 

クリスティーナ・ベルトラミ編『ナソン&モレッティ ムラーノガラスの一家(NasonMoretti, Una famiglia del vetro muranese)』Marsilio, 2023/9/22

1923年誕生のヴェネツィアガラス工房ナソン・モレッティ社の百周年記念本。工房の歴史、名作にまつわる逸話が紹介される。2024年には展覧会も予定されているそう。

 

アントニオ・タブッキ著『いきちがい(Controtempo)』Terre di Mezzo, 2023/9/22

タブッキ晩年の短篇集Il tempo invecchia in fretta(邦題『時は老いをいそぐ』)に収録された最後の作品Controtempoのみを取り出し、それにイラストをつけた本だそう。

イラストはMarina Marcolinさん。優しくて寂しくて不思議な絵です。

 

ドナテッラ・アルクァーティ、ジョルジョ・ミニンノ著『イアリアの祭り(Sagre d'Italia)』Slow Food, 2023/10/18

イタリア各地の有名、無名の祭りを紹介する本。その祭りで供される料理のレシピ付き。たとえばヴェネト州では、五月の第二日曜日に「紫アーティチョークの祭り」というお祭りがあるそう。なんと楽しげな本!


最後に日本の本のイタリア語訳の紹介。

Diario di un seduttore, Marsilio, 2023/9/19

1963年刊行の戸川昌子猟人日記』のイタリア語訳。翻訳はAntonietta Pastoreさん。読んだことないけれど、映画化もされているし、きっとおもしろい作品なのだと思う。思うが、なぜ今この作品が翻訳されるの? と不思議。前回書いたように、これが「研究者・翻訳家の興味による選択が力を持っている」ことの一例なのだろうか。

こんなところで。